二輪文化ブログ
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多田健蔵列伝-自転車選手編1

多田健蔵列伝 – 少年期 はこちら

横須賀で働きながら自転車に出会う。それからのお話。

年譜

モーターサイクリスト1964年4月号の「この道に賭けた人々」(酒井文人)の記事を参考にまとめると…

  • 17歳 横須賀で働きながら練習しているところを矢部由次郎に認められる
  • 明治38年(29年?) 東京輪士会主催レース(上野不忍池)ピアス号で初出場(初出場クラスで予選・決勝とも1位)
  • 明治40年 石川商会のお抱え選手に 小宮山長造の弟子となる
  • 明治40年6月30日(18歳) 横浜貿易新報社主催250マイルレース 石川商会ピアスチームとして小宮山と共に出場
  • 明治42年(20歳)全国チャンピオンレース大会(大阪・築港グランド)
    英ラーヂと米ピアスの戦い。ラーヂ優勢と言われる中、強豪佐藤を下して優勝。一流選手の仲間入りを果たす
  • 明治43年 石川商会が解散(のちに丸石商会となる)、ラーヂの輸入元の日米商会と契約(一年限り。その後2〜3年はラレーにも乗る)

酒井文人さんの記事の中には、横須賀時代のエピソードもいくつか紹介されています。
また、自転車選手として名を上げた横浜貿易新報社主催の250マイルレースについては、多田健蔵人物録ページで既に紹介済みですが、他にも(自転車の歴史も含めて)興味をそそられる話がたくさんありますので、これについてはまた別の投稿で。

【御礼】資料探しにご協力いただきました

自転車選手時代の資料は、意外と多く見つけることができました。

まずはOld-timer No.70、別冊Old-timer No.1に掲載された岩立喜久雄氏の「多田健蔵の足跡」。この記事と写真、記載された出典がいちばんのガイドになりました。

また、東京都品川区にある自転車文化センター、大阪府堺市にあるシマノ自転車博物館の学芸員の皆様やスタッフの方々に大変お世話になりました。
さらに、日本自転車史研究会の大津幸雄様をご紹介いただき、大津様からも資料をご提供いただきました。
あらためて御礼申し上げます。

もう少し情報の収集と整理が進みましたら、そのあたりのエピソードも紹介したいと思います。

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