2017年は浅間高原自動車テストコースができて60年

新年あけましておめでとうございます。

二輪文化を伝える会的に2017年は、昭和32年(1957年)に、群馬県浅間山の麓に「浅間高原自動車テストコース」ができて60年の記念の年です。

つまり同年に同コースで開催された「第2回全日本オートバイ耐久レース(通称:浅間火山レース)」の開催から60年でもあります。

これまでに何度も取り上げてきましたが、大藪春彦の小説「汚れた英雄」の冒頭シーン、峠道を北野晶夫がYA-1を積んだリヤカーを自転車で引いて目指していたのが、この浅間高原自動車テストコースであり、第2回浅間火山レースだったわけです。

第2回浅間火山レース・スタートシーン

2018年になると、昭和33年(1958年)にこの浅間高原自動車テストコースで初めて開催されたクラブマンレース(アマチュアライダーレース)から60年(MCFAJ創設60周年でもある)、2019年はホンダのマン島TTレース初挑戦から60年、と記念イヤーが続きます。

そんなこともあり、2017年は、テーマをある程度絞って集めた情報を整理して発信していきたいと思っています。

また、「文化とは人間の活動によるもの」なので、これらの出来事にどんな人がどんな風に関わっていたのか、そんなことを考えながら進めてみようと思います。

では2017年もどうぞよろしくお願いいたします。


56年前の浅間火山レースの日に浅間を訪ねてみた

第2回浅間火山レースのプログラム。画像はモトテカさんのブログから
第2回浅間火山レースのプログラム。画像はモトテカさんのブログから

昭和32年10月19日・20日。
その年にできたばかりの浅間高原自動車テストコースで「第2回浅間火山レース」が開催されました。

大藪春彦の小説「汚れた英雄」の冒頭シーン、北野晶夫がリヤカーを曳いた自転車で向かっていたのがこの第2回浅間火山レース。

今年(2013年)は56年前とカレンダーの並びが同じで、晶夫が出場したウルトラライトウエイトクラス(125cc)のレースがあった土曜日19日に、あの伝説のシーンをちょっとでも感じたくて、浅間を目指して(自転車ではなく)バイクで行ってきました。

題して?、北野晶夫の足跡と浅間火山レースのコース跡地を訪ねる旅です。

国土地理院の地図・空中写真閲覧サービスより
国土地理院の地図・空中写真閲覧サービスより

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北野晶夫と第2回浅間火山レース

朝霧に包まれた信濃沓掛ーー現在の中軽井沢ーーから北軽井沢に向けての上り坂を、十八歳の少年が、リヤカーを曳いた自転車のペダルを踏み続けていた。リヤカーには、キャンバスで覆われた単車が積まれている。

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画像はモトテカさんのブログから
画像はモトテカさんのブログから

大藪春彦「汚れた英雄」の冒頭シーン。
時は昭和32年10月、第2回浅間火山レース。

奇しくも今年、カレンダーの並びが一緒なんです。
晶夫の出場したウルトラライトウエイト(125cc)クラスは19日土曜日が決勝日。

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