制定!10月19日は「二輪文化の日」

10月19日二輪文化の日

11月3日は祝日ですが、何の日かすぐに出てきますか?

そうです。「文化の日」です。

これまで、その「文化の日」という名前にちなんで、二輪文化についてもあれこれ考えてみる日にしていました。

しかし文化の日に便乗する形ではなく、バイクの日(8月19日)と競合することもなく、「二輪文化」にふさわしい日はないものかと漠然と考えていました。

そこで。

このたび、あらためて、勝手に「二輪文化の日」を決めてみることにしました。

10月19日。

この日を「二輪文化の日」に制定したいと思います!

なぜ10月19日か?

今日は何の日」で様々な記念日的なものを取り上げています。

その中で、二輪文化に特に関わりの深い日は? 二輪文化の日にふさわしい日は? ということでいくつか候補がありました。

象徴的な存在としている多田健蔵氏の誕生日(2月17日)、また昭和5年にマン島TTレースで完走を果たした日(6月16日)、ホンダのマン島TT初出場・初入賞の日(6月3日)などなど。

そこで。

昭和32年第2回浅間火山レース(浅間高原自動車テストコースでの初レース)の開幕日である10月19日がいいのではないかと。

大藪春彦の小説「汚れた英雄」にこんな一節があります。

現在浅間コースは淋しいテスト・コースに変りはて、国内大レースは鈴鹿や富士に移され、浅間ではたまにクラブ対抗の小レースが行なわれるだけだが、その日、昭和三十二年十月十九日は 冷遇され続けていた日本のモータースポーツがはじめて小さいながら本格的に花咲いた記念すべき日であった。

(大藪春彦 著「汚れた英雄 第1巻 野望篇」角川文庫)

小説の冒頭、北野晶夫少年が自転車で引いたリヤカーにヤマハYA-1を積み、浅間山の麓のレース会場を目指してペダルを踏み続けたのは、「10月19日」の朝霧の中でした。

認定記念日にむけて

二輪車の歴史的にも意味のある浅間火山レース・浅間高原自動車テストコース、ある世代には多大な影響を与えた小説「汚れた英雄」の冒頭の舞台でもあり、さらに大藪春彦氏による「記念すべき日」という記述。
季節的にもツーリングシーズンでもありますし、この日が最も適しているのではないかと。

とりあえず勝手に、10月19日を「二輪文化の日」としますが、せっかくですから広く知られる日になって欲しいので、一般社団法人 日本記念日協会に認定登録できるよう今後なんらかの活動をしていきたいと思います。

ということで、今年(2018年)の二輪文化の日・10月19日は、二輪文化ラジオの公開ライブ配信をやりますので、お時間があれば見てみてください!


月ごとにテーマを決めて掘り下げる

SNS全盛の時代。
やはり手早く発信できて、すぐに反応も帰ってくるSNSに、ついつい頼りがちになります。

しかし、そもそも、伝えるべき大事な歴史的できごとや人物の話を、いつでも見つけやすいようにして残しておくことを目的としているのがこの「二輪文化を伝える会」です。

SNSに頼りがちだけど…
SNSに頼りがちだけど…

SNSは瞬発力はありますが、これまでに発信された情報を探すのには一苦労します。
ですので、ウェブサイトに記録を残しておくことの意義をもう一度肝に命じて、あらためて取り組んでいきたいと思います。

月ごとのテーマを決めてみる

バラバラの内容を、単発的に発信するのは、まとまりがなく印象に残りにくいのではないか。

先日、愛知県の刈谷市美術館で開催されていた「トヨモーター展」を観に行ったのですが、刈谷に工場があったトヨモータースというメーカーにテーマを絞り、名古屋周辺のメーカーの紹介や当時のバイク事情でそのストーリーを色付けする、という形でまとめられていたので、初めてトヨモーターを知った人でも、とても理解しやすい展示内容だったと感じました。

これは、ほとんどの車両や資料を所有している名古屋郷土二輪館の冨成一也さん、そして公立の、それも美術館が開催する展覧会ということで、まさにエキスパートの力が結合したからによるものでしょう。

せっかくこのような刺激とヒントをいただいたので、二輪文化を伝える会としても、月ごとに(あるいはもうちょっと長いスパンで)テーマを決めて、それを中心にストーリーを追いかけてみようと考えています。

とりあえず今月9月のテーマは、そんな刈谷のこともあるので「地域・地方とオートバイの関わり」でやってみようと思います。


1959年6月3日ホンダのマン島TTレース初挑戦

マン島TT(ツーリスト・トロフィー)レース。

100年以上前から、毎年この時期(5月末〜6月)に開催され、今年もただいまレースウイーク真っ最中。
(今年、日本からは、TT-ZEROクラスにチーム無限とTeam未来が、スーパースポーツクラスには山中正之選手が出場しています)

このマン島TTレース。
現在では、危険な公道レースの代名詞のように認識されているかもしれませんが、かつては世界選手権ロードレースの一戦で、歴史と伝統のあるオートバイレースの最高峰という位置付けでした。

ですから、ホンダが世界進出のために選んだ舞台がマン島TTレースだったわけです。

そのホンダのマン島TTレース初挑戦の日が、1959年6月3日でした。

谷口尚己さんのアルバムより

谷口尚己選手が6位入賞(世界選手権で日本人初ポイント獲得)、鈴木義一選手7位、田中楨助選手8位、鈴木淳三選手11位、堂々チーム賞も獲得という結果を残し、Hondaの名が世界に広まることになりました。

2019年は初挑戦から60年

来年(2019年)はマン島初挑戦から60年の節目と年になります。

きっとホンダとマン島の間で、記念的行事があることと思います!(期待)

ちなみに、再来年(2020年)は、多田健蔵さんがマン島を走って(1930年)から90年。