別冊モーターサイクリスト 創刊8周年記念号と名古屋TTレース

資料の整理を兼ねながら、とりあえず古い雑誌や文献等の表紙と目次をご紹介してみようと思います。

順番にやっていくというより、調べ物をした周辺から順次といった感じです。
年代別やテーマごとにしていくのはある程度まとまってから。

こうでもしないと、いつまで経っても整理なんてできそうもないので。

1953年3月にあった「名古屋TTレース」

今回は、1953年(昭和28年)3月21日に開催日された名古屋TTレースについて調べ物をしていた流れから。

まずは、別冊モーターサイクリスト1986年12月。

別冊モーターサイクリスト1986年12月号
別冊モーターサイクリスト1986年12月号
別冊モーターサイクリスト1986年12月号 目次
別冊モーターサイクリスト1986年12月号 目次

何か調べたいことが特集された記事を探す場合は、やはり目次が見られると随分と助かるので、自分が古い雑誌の話題を扱う場合も、できるだけ目次はアップしていこうと思います。

この1986年12月号では、創刊8周年記念企画として、
(1) HONDA RC 物語 Part2 マン島三年目の勝利
(2) バイク戦国史 名古屋TTレースの前後
という見るからに要チェックな記事があります。

以前に目次を見たときにチェックしていたおいたので、名古屋TTレースの話題の時に、目を通す資料の一つとしてすぐに頭に浮かびました(まだ整理しきれてないので記憶だけが頼り…)。

特集2の名古屋TTレースの記事から。

SNSでは紹介した「名古屋TTレース」の写真です。
選手たちの格好、マシン、周りの風景から、当時の様子が伺えます。

スタート前に熱田神宮に参拝する選手たち
スタート前に熱田神宮に参拝する選手たち
個人優勝を果たした昌和の金子延幸選手
個人優勝を果たした昌和の金子延幸選手

 

炎上するマシンを呆然と見つめるポートリーライナーの石博申三選手
炎上するマシンを呆然と見つめるポートリーライナーの石博申三選手

もちろん、名古屋TTレースに関する文献はこれだけではないので、それについても改めて紹介してみたいと思います。

もうひとつの8周年記念企画「HONDA RC 物語」

調べ物は名古屋TTレースでしたが、そのほかの記事もパラパラと目を通しておくようにしています。
あくまでパラパラのつもりです。かなりの確率で読み込んでしまったりしますが…。

ホンダを駆りマン島TTレースを走るマイク・ヘイルウッドとルイジ・タベリ
ホンダを駆りマン島TTレースを走るマイク・ヘイルウッドとルイジ・タベリ

マン島を走るマイク・ヘイルウッド(#7)と先ごろ亡くなられたルイジ・タベリ(#5)。

この記事も読み始めたら、次から次へと分からないこと、気になることが出てきて大変なことに。

片付けや引っ越しの時に経験するアレと同じ感じですね。

ぐっと堪えていったん本を閉じておきましょう。

気になる8周年記念号No.1の11月号の内容

12月号が「創刊8周年記念号 No.2」でしたから、当然「No.1」もあるわけで、その内容も気になりますね。

そこでひと月前の、別冊モーターサイクリスト1986年11月号。

別冊モーターサイクリスト1986年11月号
別冊モーターサイクリスト1986年11月号
別冊モーターサイクリスト1986年11月号 目次
別冊モーターサイクリスト1986年11月号 目次

記念企画のひとつは当然「ホンダ RC物語 Part1」。
もうひとつは「バイク戦国史 中京編 名古屋バイク産業の背景」。
名古屋を中心にたくさんあったバイクメーカーの話。

名古屋TTレースは、「日本でもマン島TTレースのようなレースを」ということで、最終的に二輪車メーカーが数多く存在し、普及率も高かった中京地区での開催になったとのこと。

その名古屋TTレースの頃の隆盛と、その後の淘汰の時代。まさに戦国史。
好奇心をくすぐられますね。

が、しかし。この話題はまた別の機会に。

ちなみに8周年記念企画はNo.3もあります…。


60年前の映像、このバイクはなんだ?

2018年の「区切りの年」特集。

今回は、60年前の1958年(昭和33年)。

昭和33年生まれの方は、今年還暦ですね。おめでとうございます。

昭和33年というと・・・

その昭和33年のできごとのうち、目立ったところをあげてみると、

・長嶋茂雄がジャイアンツに入団
・東京タワーが完成
・フラフープの流行
・赤線廃止(売春防止法完全施行)
などがありました。

長嶋茂雄ジャイアンツ入団:「一億人の昭和史」(毎日新聞社)より

東京タワー開業:「一億人の昭和史」(毎日新聞社)より

売春防止法完全施行、フラフープ流行:「一億人の昭和史」(毎日新聞社)より

画像は「一億人の昭和史」(毎日新聞社)より

もちろんその他に、バイク関係で、

ホンダスーパーカブ発売
MCFAJ(全日本モーターサイクルクラブ連盟)設立、浅間で第1回クラブマンレース開催
という大きなできごともありましたが、これはまた別の機会に。

当時の交通事情を伝える動画

昭和33年(1958年)の道路事情、交通事情を記録した映像です。

「昭和33年 あの道、この道」


舗装路の方が珍しいほど過酷な道路。

当時の生活形態も含めて、車やバイクに求められるものが現在とはずいぶん違うであろうことが想像できますね。

このバイクはなんだ?

この動画の鳥飼大橋のところで出てくる2台のバイク。

はじめは1台の同じバイクかと思いましたが、料金を支払う1台(前から)と、走り去るもう1台(後ろ姿)の2台ですね。


どちらも単気筒?マフラー左出し?右チェーン?
1台目は縦置きクランクエンジン?
2台目は排気を見ると4サイクル?三角マークだから原付二種?

そんなちょっとした謎解きをSNSで問いかけてみました。

@koji34yokohama さん、@nackart さん他の方が付き合って下さいました。

その結果・・・。

1枚目のバイク。
縦置きエンジンのように見える、特徴的なマフラー(エキパイ)の取り回し、フロントフォーク、タンクのメッキとエンブレム、ライト形状、フロントブレーキ、フロントフェンダー・・・ほぼ一致しました!

丸正自動車の「ライラックUY2」。

【昭和30年代モーターサイクル】シャフトドライブでホンダに対抗…ライラック UY2(1957)


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そして2枚目。

「キャリア形状からホンダっぽい」「原付二種ならベンリイJC58では?」との情報をいただき、その線でたぐってみます。
テールランプ、左マフラーと形状、三角マーク位置(当時から原付二種はこのマークだったんですね)。

画像検索などもあってこの手の調べ物は劇的に変わりましたね。

ホンダ ベンリイ J58」でほぼ確定。
(ちなみに1990年頃までベンリ、その後はベンリと表記するようです」

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よーーーーく見てみるとサイドカバーに「BENLY」と書いてあるように見える…。

スッキリ!

 


2018年:ミシュラン・マン(ビバンダム)誕生120年

2018年の「区切りの年」のネタ。続きます。

まずはこのポスターの画像から。


ミシュランのマスコットキャラ「ミシュラン・マン(ビバンダム)」。

2018年は生誕120周年!
1898年にこのポスターで初登場。

当時のタイヤは細くて白かったからこの姿に!

「今は飲む時だ」(Nunc est bibendum)

ミシュラン・マンと呼ばれることもありますが、愛称として「ビバンダム」というのもよく聞くと思います。

「ビバンダム」という愛称の由来は、ミシュランのサイトで紹介されています。

ミシュランマン – Michelin

上のポスターにある「nunc est bibendum(今こそは飲み干す時だ)」というフレーズから、ある時そう呼びかけられ、やがてそれが愛称になったとのこと。

もっと詳しいエピソードはミシュランのサイトで。
なんかエピソードそのものが実にヨーロッパっぽいというか…。

ミシュランマンストーリー

そんなミシュランマンの120年のヒストリーがPOPな動画になっています。

ビバンダムというマスコットキャラクターを通して、歴史と文化を感じますね。