浅間高原自動車テストコース
昭和32年に完成 日本の近代モータースポーツの原点
1957年(昭和32年)に完成。
1957年に第2回浅間火山レース(全日本オートバイ耐久レース)、1958年に第1回全日本クラブマンロードレース、1959年に第3回浅間火山レース(全日本オートバイ耐久レース・全日本クラブマンロードレース)の舞台になりました。
その後は、コースの安全上の理由から、二輪の大きなレースは行われなくなり、テストコースとして使用されていましたが、昭和53年に群馬県に返還され一部を除き牧草地に戻されました。
残されたコースの一部は、現在もイベント・レースなどが行われています。
- 浅間高原自動車テストコース – Wikipedia
- 浅間サーキット
コース図・当時の航空写真
小説「汚れた英雄」の冒頭にも出てくる峠の茶屋と長野群馬県境
閉鎖後は牧場に戻されたが、今もコースの一部がイベントなどで使われています
参考・関連リンク
- レトロ写真展示 – atelier yumejizo(昭和44年当時のコースの写真)
- 浅間火山レース – 北軽井沢ペンションエデン
- 浅間高原自動車テストコース – Wikipedia