1909年(明治42年)島津楢蔵 国産1号車 NS号 完成
1909年(明治42年)、大阪で設立した島津モーター研究所にて、島津楢蔵が4サイクル400ccのガソリンエンジンとその車体を自作。
これが日本で初めて作られたオートバイと言われています。
その名はイニシャルから付けられた「NS号」。

島津楢蔵は、この前年(1908年)に2サイクルエンジンを、次いでそのエンジンを自転車のフレームに搭載して走行。1909年には4サイクルのエンジンを製作、自ら製作した車体に載せ初の日本国内製オートバイを完成させました。
日本初のオートバイは、自転車用をベースに鉄板を丸め蝋付けした自製パイプで補強するなどして製作したフレームに、4ストロークエンジンが搭載されたものだった。駆動には革を合わせて作られた特注のVベルトが用いられた。当時進歩的だったアメリカ製オートバイでさえ平ベルトを使用していた時代にあって、そのこだわりが感心された。
「日本のモータリゼーションを作った明治の男の物語/島津楢蔵、山口銀三郎・年表」
なお、第1号エンジンを付けた国産第1号オートバイの出現は、翌明治42年
出典:富塚清「日本のオートバイの歴史」三樹書房
(1909年)である。このエンジンの容量は、400cc。自動負圧式吸入バルブ、キャブレターも点火プラグも、イグニッションコイルも自製で、電源は乾電池。点火時期調整は手動であったと記されている。この年、島津氏は22歳にすぎず、この若さでこの時代に、よくここまでやったものと感心する次第である。
生来の機械好きだった島津楢蔵。この22歳の青年により、世界に誇る日本のオートバイ製造の第一歩が彼によって記されたわけです。
参考
- 島津楢蔵 – 人物伝:二輪文化を伝える会
- 日本日本のモータリゼーションを作った明治の男の物語/島津楢蔵、山口銀三郎
- 1909年 NS号 オートバイ – 日本の自動車技術330選
- 富塚清「日本のオートバイの歴史」三樹書房
- 出水力「オートバイの王国」第一法規出版