
少年期〜自転車選手になるまでの土地と仕事と関係者について
番外編としていますが、案外これが生い立ちを探ったり、歴史考察には欠かせないピースになります。
歴史探索は、よくパズルのピース合わせに例えられます。
別の視点から探っていって、点と点が繋がった時のトキメキはなんとも言えない興奮を覚えます。
ゆかりの地と仕事と人のつながり
酒井文人さんが書かれたモーターサイクリストの記事をベースに整理していきます。
まず生まれたのは神奈川県南秦野村。現在の秦野市西大竹とのことで、東名高速の秦野中井インター周辺のようです。
最初に丁稚に出されのは小田原国府津の手前、押切にある田代商店という米穀商。
その後、東京神田松枝町のサンダル草履工場へ。
横須賀に移ってから海兵団前にあった鈴木商店(米・酒・味噌)で働く。
自転車の練習に通っていたのが柏木田公園。
そこで出会ったのが横須賀ではいちばん大きい中沢牛乳店の主人・矢部由次郎。
この矢部由次郎の支援(何人かの自転車選手を援助していたそうだ)によって、多田健蔵も自転車レースデビューへ向けて歩み出していきます。
東洋一の軍港・横須賀
ここで気になるのが明治時代の横須賀。
多田健蔵が働いていた「海兵団」前の「鈴木商店」というお店。「矢部由次郎」が主人だったという「中沢牛乳店」。そして「柏木田公園」。
私は横浜在住(横須賀線沿線)であることもあり、地元に近い横須賀のこれらの地名、商店名、人名などのキーワードが出てくると、いろいろと深掘りしたくなるというもの。
まずはネットを駆使して、これらのキーワードから周辺情報にもアプローチしてみたいと思います。
(つづく)
