多摩川スピードウェイ跡地について

photo4多摩川スピードウェイは、昭和11年(資料によっては昭和9〜10年頃)に建設された、日本ではじめての常設サーキット(オーバルコース)です。
多摩川の河川敷にあり、東急東横線の鉄橋のすぐ脇にありました。

今も、コンクリート製のグランドスタンドの跡が堤防の斜面に残されています。

ただ、そこが多摩川スピードウェイであったことを記すものないですし、遺構として保存されようとしている様子は現在あまりありません。

多摩川スピードウェイ跡地について川崎市議会で

さてさて、 6月23日の川崎市議会において、ご自身もモータースポーツファンである爲谷義隆議員(二輪文化を伝える会のホームページもチェックして頂いてます!)が一般質問で、「多摩川スピードウェイの跡地について」という内容で川崎市の教育長、経済労働局長に質問されました。

答弁書を送っていただいたので取り急ぎお知らせ・掲載します。
現状についてはつかめると思います。

まとめると、
「スタンド跡のある堤防土手は、国土交通省が治水目的で管理しいるので、文化財指定は現状難しいが、歴史文化の地域資源として、市民に周知し、活用法を関係機関と検討する。
また、スタンド跡は護岸としての役割りを果たしており、管理上の支障もないので当面は取り壊し等の予定はない。」
ということです。

詳しくは、下の答弁書を。

多摩川スピードウェイ跡地について

多摩川スピードウェイ答弁1 多摩川スピードウェイ答弁2 多摩川スピードウェイ答弁3 多摩川スピードウェイ答弁4

「多摩川スピードウェイ跡地について」一般質問・答弁書(PDF版)

爲谷さん、ありがとうございます。
これからもよろしくお願いします。

 モータースポーツの原点のひとつとして

本田宗一郎さんも自らのマシンで多摩川スピードウェイのレースに出場しているなど、自動車・二輪車の、モータースポーツの原点のひとつとであることは間違いありません。
そしてそれが、まったく影も形も残っていないのではなく、建設当時のグランドスタンドが、ほぼそのままの様子で残されているのは、非常に貴重な遺構と思います。

地元川崎市とモータースポーツファンを中心に、文化的遺構として多くの方に知っていただき、なんとか保存していくような動きに繋げていきたいですね。

2020年の東京オリンピックで、日本を訪れる全世界のみなさんに、
「ここが自動車大国、オートバイ王国のモータースポーツの原点か!」
と感慨に浸ってもらえるようにできたらいいのに!!


kokudo-chiriin「歴史探訪」多摩川スピードウェイのページに情報を追加しました。

 

 


世界文化遺産・富岡製糸場もオートバイにつながってる!

祝 富岡製糸場と絹産業遺産群 世界文化遺産登録!

katakura-silk富岡製糸場が世界文化遺産に登録されましたね!

「富岡製糸場」と言えば「片倉工業富岡工場」・・・
「片倉工業」と言えば「片倉自転車工業」・・・

この片倉自転車はかつてオートバイを製造していたんです。

その名も片倉シルク!!

※画像は日本モーターサイクル史(八重洲出版)より

余談ですが…
私が中学高校時代にツーリングに勤しんだ自転車もカタクラシルクでした!


マン島TTレース日本人初優勝の日(1963.6.14)

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画像は「日本モーターサイクルレースの夜明け」より

今日は何の日?
1963年6月14日。
マン島TTレース(50ccクラス)で、スズキRM63を駆る伊藤光夫さんが、日本人初の優勝者として表彰台の頂点に立った日です。

伊藤光夫 マン島TTレース日本人初優勝(50cc スズキ)

(動画もあります!)

2014年現在、マン島TTレースで優勝した日本人は伊藤光夫さんただひとり。