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日本のオートバイ年表(できごと)

1961年(昭和36年)ホンダ マン島TTレース参戦3年目にして悲願の優勝

1961年6月12日。マン島出場宣言から7年。初参戦から3年。マイク・ヘイルウッドのライディングにより、125ccクラス(マシン:2RC143)そして250ccクラス(マシン:RC162)で優勝。どちらも1〜5位を独占する快挙。

ついにその時が来た!

1961年6月12日。
マン島出場宣言から7年。
ついにその時がやって来ました。

1961年(昭和36年)6月12日。
前年までライバルチームで走っていたマイク・ヘイルウッドのライディングで、マン島TTレース250ccクラスそして125ccクラスでホンダが悲願の優勝!

Honda Racing
画像はHonda Racing ホームページから

WGP 500勝への道 / Honda Racing
「悲願、マン島TT優勝」

(1961年6月12日 第3戦 マン島TT 250ccクラス)

※上記Hondaのサイトには「第3戦」となってますが、たぶん「第4戦」(→Wikipedia

前年まででMVアグスタが撤退したため、マイク・ヘイルウッドはこの年の第1・2戦は、EMCというメーカーのバイクでグランプリに参戦。
第3戦からホンダ陣営に加わったのですね。そしてチャンピオン。

貴重な当時の記録フィルム

1961年マン島TTレース 125ccクラスのレースを記録した動画です。

日本人ライダーも奮闘

250ccクラスでは、4位に高橋国光さん(ホンダ)、5位に谷口尚己さん(ホンダ)、6位に伊藤史朗さん(ヤマハ)、12位に市野三千雄さん(スズキ)が入っています。
(他に、スズキの伊藤光夫さん、増田俊吉さん、ヤマハの砂子義一さんはリタイヤ)

125ccクラスは、5位に島崎貞夫さん(ホンダ)、8位谷口尚己さん(ホンダ)、11位伊藤史朗さん(ヤマハ)、12位大石秀夫さん(ヤマハ)、17位野口種晴さん(ヤマハ)。
(スズキの伊藤光夫さん、増田さん、市野さん、ヤマハの砂子さんはリタイヤ)

1961年はヤマハもグランプリ初挑戦、スズキは2年目

1959年のホンダ、1960年のスズキにつづいて、この年1961年からヤマハも世界グランプリに挑戦した年でした。


動画をもう一本。


マン島初挑戦からわずか3年。
ホンダの、なにより本田宗一郎さんの魂を感じます。
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