「酒井文人とクラブマンレースを語る会」にて

NPO The Good Times理事長の古谷さんのはからいで、「酒井文人とクラブマンレースを語る会」の席に混ぜていただきました。

参加者の皆々様は、とにかく私にとっては伝説的なお名前の方ばかり。

こんな機会はそうはあるものではありません。

先輩方のお話を一字一句聞き漏らさぬよう、耳をそばだて、そしてこの「二輪文化を伝える会」についてもちょっとご説明させていただいたり。

とにかく今は興奮冷めやらずといったところです。

わたしたちライダーをはじめ、バイクに関わる者は、このような偉大な先人先輩たちの残してくれたものの上に今があることを噛み締めなくちゃいけませんね!

それにしてもレースっていいなぁってあらためて思いました!


あと偉大な大先輩が大々先輩の前で恐縮しているのも微笑ましい(^^)

Facebookページに会の様子の写真がありますのでぜひ見てください。


(松島)

第1回全日本クラブマンレースの映像

第1回全日本モーターサイクルクラブマンレース。
1958年(昭和33年)、場所は浅間高原自動車テストコース。

貴重な映像ですよね。
どこにどう保存されてた映像なのでしょうか??

ナレーションによると、
第1レースの125ccクラス、スタート時刻は午前9時20分。
レースは参加14名。コースを2周(18.802km)。
観衆は2万人あまり。
優勝は鈴木三郎選手(ヤマハ・YA-1)、優勝タイムは14分53秒3、平均時速75.3km/hでした。

「汚れた英雄」の冒頭シーンのいわゆる浅間火山レース(浅間高原レース)ではなくて、その3年後の晶夫が浅間で初優勝するほうのレースです。

ちなみに350ccクラスで優勝したのが高橋国光さん(BSA)(トライアンフ?)。


酒井文人さんと多田健蔵さん

7月1日に「酒井文人&クラブマンレースを語る会」があるとのこと。
往年のライダーやレース関係者が集まるようです。

・・・酒井文人さん?

1958年(昭和33年)、メーカー主導の第3回浅間火山レースが延期になり、ならばアマチュアのレースをやろうということで、設立されたのがMCFAJ(全日本モーターサイクルクラブ連盟)。
その設立の中心人物がモーターサイクリスト創設者の酒井文人さん、というわけです。

そして一つ前のブログに書いた多田健蔵さん。
昭和5年にマン島TTレースを走った方です。

以下、「日本モーターサイクルレースの夜明け」に出ていた、『八重洲出版発行の「別冊モーターサイクリスト」(2003年9月~2004年2月号)掲載 戦後バイク史の証人たち(その10)』より。
(後半の「決勝前夜の抗議行動」のところ。)

本田さんによると、参加者たちの抗議は、まず車検を行っていた“わかさ会〝(当時の若手バイク商たちの集まりに持ち込まれたという。だが彼らには最終的な権限がないと分かり、結果として主催者の酒井文人(当時小社社長でMCFAJ初代理事長。故人)と、競技委員長の多田健蔵さん(戦前のスターライダーで、1930年に日本人として初めてマン島TTに出場。故人)が矢面に立たされた。

多田健蔵さんが、第1回全日本クラブマンレースの競技委員長だったのですよ!

知らなかったことと知らなかったことが知っていることで繋がったのでちょっと興奮してしまいました。
第1回全日本クラブマンレース
(画像はこちらのサイトから)