[歴史を追う9] ホンダ「マン島出場宣言」とヤマハ参入

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画像は「日本モーターサイクルレースの夜明け」より

昭和29年、朝鮮特需が終わって景気も後退。
バイクモーター(自転車用補助エンジン)を作っていた小さな町工場のようなメーカーでは倒産するところも多かったようです。

そんな中、ホンダ(とメグロ)は世界へ飛び出し、さらに、本田宗一郎さんはマン島に照準を合わせます。
そしてヤマハが参入。

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1958年カタリナGPとヤマハWGP参戦50周年サイト

今年は鈴鹿サーキット開場50周年だったり、カワサキZ1発売40周年だったりしますが、昨年(2011年)はヤマハが世界グランプリ参戦50周年でした。

その特設サイト「ヤマハWGP参戦50周年記念スペシャルサイト」がかなり充実していて見応えがあります。

年代別の解説、ワークスライダー・ワークスマシン一覧、時代ごとのストーリー。ずっと残しておいて欲しいサイトです。

世界グランプリへの参戦は、ホンダ、スズキに次いで1961年からとなりますが、その前の1955年の富士登山レース、1958年のアメリカ・カタリナGP参戦についても触れられています。

伊藤史朗がトラブルを抱えながら6位に入賞したカタリナGPの動画。