一枚の写真から:スズキTR750(XR11)テストの写真(夏休みの宿題)

9月も終わろうとしていますが、ここで夏休みの宿題を提出したいと思います。

まずはこの写真。

課題をいただきました

Twitterで(個人アカ宛ですが)こんなメンションツイートをいただいたのは6月のことでした。

この写真自体は見たことがありましたが、パッと見てわかるのは右から二人目の伊藤光夫さんくらい。

先輩方に聞いてみました

せっかくお題をいただいたので、元スズキの先輩方にお聞きしてみました。 (当時スズキのテストライダーをしていた岩﨑勝さん、いつもお世話になっている荘利光さん、そしてスズキ2輪レース部門OBの山田容平さん、ありがとうございます!)

年代と登場人物

まずは年代。

岩﨑さんによれば、水冷3気筒のTR750(コードネームXR11)をデイトナに向けて新しく開発している時のテストの様子であろうとのこと。
デイトナでTR750がデビューしたのが1972年の3月なので、おそらく前年1971年の秋。

そして写っている方たち。 写真をもう一度。

画面右側当時の松木主査、伊藤光夫さん、鈴木さん、長谷川メカ、、(故)伊藤利一さん、(故)阿部孝夫さん、ツナギ姿の谷野さんテストで乗ってたかも?メカ?座ってる神谷さん、その隣? ? 岩崎さんなら全てわかるかも?以上です。(山田容平さん)

右から2番目は、マン島TTレース唯一の日本人優勝者の伊藤光夫さん(1963年50ccクラス)。 マシンの真後ろで帽子をかぶっている小柄な方が、スズキ関係の方からよくお名前は聞いていた伊藤利一さん。

伊藤利一さんいついては以下のページも是非ご覧ください。

→「スズキのレース活動を影で支えた職人気質 ”伊藤利一さん”」日本のモーターサイクルの夜明け(ソースは別冊モーターサイクリスト2003年8月号 文:東 信亨)

伊藤利一さんのとなりでマシンに両手をついている黒い皮ツナギ姿の方は谷野さん。

そしてその伊藤利一さんと谷野さんの間、後ろでメガネをかけてる笑顔の方。 80〜90年代のレースファンの方ならご存知のはずの阿部孝夫さん!

私、阿部さんとは全く気付きませんでした。
私の知っている阿部孝夫さんは2倍くらいの大きさだった気が…。

Formula 750(F750)

さらに岩﨑さんより補足が。

松木課長さん・鈴木素(まこと)さんはRG500のエンジン設計者です。 またこの時期新型TR750のエンジン・車体の設計も開始していましたね。同じ3気筒750ですがシリンダーが単体・カセット式T/M・マグネケースなど世界制覇を狙ったコンペマシンでした。・・・がWGPのレギュレーション変更で750ccクラスは消滅となり正しく幻のTR750となりました。Theマシン!!超カッコ良いエンジンでした。この時期私はTR500(2気筒)しか乗せてもらえない身分でした。(岩﨑勝さん)

「WGPの750ccクラス」というのは、FIM Formula750 (→Wikipedia:英語)のことで、1973年から79年まで開催されていました(1973年のチャンピオンはまさにこのTR750を駆ったバリー・シーン。)。


ということで、一枚の写真から、1970年代のスズキのレース活動の一部を教えていただくことができました。

以上、夏休みの宿題の発表を終わります。


6月といえばマン島TTレース関連、そしてアキオ・・・

1959iom百年以上の歴史を持ち、かつては世界選手権(世界グランプリ)の一戦であり、毎年5月末〜6月にかけて行われるのが「マン島TTレース」。

戦後、ホンダを皮切りに日本メーカーが世界へのアピールの舞台としてこのマン島を選びました。
そのため、数々のエピソードもそこから生まれてくるわけです。

二輪文化を伝える会では「今日は何の日」として、さまざまな記念日をご紹介していますが、6月はマン島関連がたくさん出てきます。

Twitterへの投稿をピックアップしてみました。

1959年6月3日はホンダが初めてマン島TTレースに出場した日

谷口尚己さんが6位、鈴木義一さんが7位、田中楨助さんが8位、鈴木淳三さんが11位で、初出場でチーム賞も獲得しました。

1961年6月12日は、ホンダがマン島TTレースで初めて優勝

伝説のライダー、マイク・ヘイルウッドによる偉業達成。

1963年6月14日は伊藤光夫さんが日本人初優勝した日

6月16日は、昭和5年に多田健蔵さんが日本人で初めてマン島TTレースに出場した日

この時期、小説「汚れた英雄」の主人公・北野晶夫の命日もありました(6月11日)。
北野晶夫も、1959年ホンダの初参戦を現地で見ており、翌1960年には250ccクラスと350ccクラスで初出場初優勝を飾っています。

汚れた英雄ネタは、お父さん世代から上には非常にウケが良いので、また北野晶夫に頼ってみたいと思います。
(実際に浅間やマン島など、とても参考になることも多いので取り上げる価値ありなんです)


1964年のマン島TTレース50ccクラス

一つ前のエントリー「1963年スズキ世界GP・伊藤光夫さんマン島TT優勝の記録映像」のつづき。

1964年の世界GP第5戦イギリス・マン島TTレース50ccクラスの決勝のカラー映像です。

スズキとホンダ、クライドラーの他にトーハツも参戦してますね。
(正直クライドラーというメーカーについてほとんど知らない…)

これも当時のSUZUKIのエンジニア、中野広之さんの「1964年世界選手権レース」(日本モーターサイクルレースの夜明け)とあわせてどうぞ。

優勝はスズキのアンダーソン。予選トップの#18伊藤光夫さんはマシン不調で5位、連覇ならず。#7森下勲さんが3位。
Hondaの#18谷口尚己さんが6位、Suzukiの#2越野晴雄さんは3位につけていながら野ネズミを避け損なって転倒リタイヤ。