11月の二輪文化ラジオはマンクスGPライダー山中正之選手が4回目の登場

11月の二輪文化ラジオは、11月25日(金)夜9時頃からです!

いつものように川口オート正門前のライブハウス「CROSS ROAD 39」よりUstreamのhigh tide Radio のチャンネルをお借りしてお送りいたします。今回もすべて公開でやります。ギャラリー大歓迎です。

今回はゲストとして、昨年今年とマン島マンクスグランプリを走った山中正之選手とチームヤマナカのみなさんをお迎えいたします。

二輪文化ラジオvol.30:ゲストは山中正之選手
二輪文化ラジオvol.30:ゲストは山中正之選手とチームヤマナカのみなさん

山中選手は、今回で4回目の登場です。

初めは、マン島のレースに出場するぞ!ということで2014年の11月に(vol.8)。
そして、見事に初参加ニューカマークラスで2位表彰台に上ったすぐあとの2015年の9月が2回目(vol.17)。
3回目は、記念すべき”にゃんばちゃん”(二輪文化ラジオアシスタントMC難波祐香さん)初登場の回(今年の2月:Vol.21)でした。

4回目の今回は、2年目の挑戦だった今年のマンクスグランプリについて、山中選手だけでなく、さまざまな役回りでライダーと共に挑戦するチームヤマナカのスタッフの皆さんにもお話を伺っていきます。

もちろん、照準は来年のマン島TTレースです。

かつては、昭和5年(1930年)に多田健蔵さんが、昭和34年(1959年)にホンダがマン島に挑んだ時とは、TTレースの位置付けや取り巻く環境なども大きく変わっています。

危険な公道レースというイメージが先行しているマン島でのレースですが、山中選手にとってのマン島TTレースとはどんなレースなのか?
チームの皆さんにとって、マン島でのレース、山中選手の挑戦はどのように映っているのか?

ひとつひとつチャレンジし続けてきて、3年目にしてついにTTレースへのチャレンジが叶うのか?

山中正之マン島レースチャレンジサイト
山中正之マン島レースチャレンジサイト

11月25日(金)当日は、どなたでもお店に来て観覧することが可能です。
(ドリンク代1,000円、追加500円)

駐車場もあります。
ご来店お待ちしております!

視聴方法や会場については二輪文化ラジオのページで。


谷口尚己さんのアルバムから

1959年(昭和34年)にホンダが初めてマン島TTレースに出場した時のライダーであり、同時に初出場で6位入賞、ロードレース世界選手権で初めてポイントを獲得した日本人ライダーでもある谷口尚己(たにぐちなおみ)さん。

その谷口さんから、貴重な当時の写真や資料をまとめたアルバムを見せていただいたので、こちらで随時紹介していきます。
(ホームページへの掲載は許可をいただいております)

たくさんの写真がありますので、順次掲載していきます。

またブログでのご紹介時は、年代が前後すると思いますがご了承ください。

1959年マン島TTレース初出場

1959年4月、羽田空港よりB.O.A.C.の最新型コメット機で出発。

左から、羽田を発つ、鈴木義一さん、鈴木淳三さん、谷口尚己さん、田中楨助さん。
左から、鈴木義一さん、鈴木淳三さん、谷口尚己さん、田中楨助さん。

B.O.A.C.とは英国海外航空のことで、当時のイギリス国営航空会社。今のブリティッシュ・エアウェイズの前身。(→ウィキペディア:英国海外航空
ついでに、最新型コメット機とは、デ・ハビランド社のコメットMk.IVでしょうか。(→ウィキペディア:デ・ハビランド_DH.106_コメット

今と違って、海外に行くのもまだまだ大変な時期ですね。

次は、お見送りする側。

TTレース初出場 羽田空港見送り 本田社長、藤沢専務、工藤所長
TTレース初出場 羽田空港見送り 本田社長、藤沢専務、工藤所長

出発は4月、レースは6月3日。
つまり、およそ1ヶ月以上前から現地入りして、下見と練習をしていたそうです。

マン島TT初出場までのエピソードは、同行したマネージャー飯田佳孝さんのインタビュー記事にも詳しく紹介されています。(→日本モーターサイクルレースの夜明け

運命の日:1959年6月3日 快晴

この年のTTレースはマウンテンコースではなく、クリプスコースで行われました。

また、レースは2台ずつのタイムアタック方式ではなく一斉スタートでした。

125cc級スタート(快晴)1959年(昭和34年)6月3日 PM1:00
125cc級スタート(快晴)1959年(昭和34年)6月3日 PM1:00
ブランディッシュコーナーでの力走
ブランディッシュコーナーでの力走

ブランディッシュコーナーとはコースのどのあたりか調べたところ、クレッグニーバー(よく写真で見るコーナーです)の次の左コーナー。

写真は右コーナーなので、ふと疑問に思い、さらに調べてみると…。

この区間はマウンテンコースとクリプスコースで共用する部分なのですが、クリプスコースで走る時は逆向きに走ることになるんですね。(→クリプスコース・コース図

よって右コーナーで正解というわけです。


写真はまだまだたくさんあります。
全部で何回に分けて掲載することになるか予測がつきませんが、数枚ごとにまとめて記事にしていく予定です。

次回をお楽しみに。


6月といえばマン島TTレース関連、そしてアキオ・・・

1959iom百年以上の歴史を持ち、かつては世界選手権(世界グランプリ)の一戦であり、毎年5月末〜6月にかけて行われるのが「マン島TTレース」。

戦後、ホンダを皮切りに日本メーカーが世界へのアピールの舞台としてこのマン島を選びました。
そのため、数々のエピソードもそこから生まれてくるわけです。

二輪文化を伝える会では「今日は何の日」として、さまざまな記念日をご紹介していますが、6月はマン島関連がたくさん出てきます。

Twitterへの投稿をピックアップしてみました。

1959年6月3日はホンダが初めてマン島TTレースに出場した日

谷口尚己さんが6位、鈴木義一さんが7位、田中楨助さんが8位、鈴木淳三さんが11位で、初出場でチーム賞も獲得しました。

1961年6月12日は、ホンダがマン島TTレースで初めて優勝

伝説のライダー、マイク・ヘイルウッドによる偉業達成。

1963年6月14日は伊藤光夫さんが日本人初優勝した日

6月16日は、昭和5年に多田健蔵さんが日本人で初めてマン島TTレースに出場した日

この時期、小説「汚れた英雄」の主人公・北野晶夫の命日もありました(6月11日)。
北野晶夫も、1959年ホンダの初参戦を現地で見ており、翌1960年には250ccクラスと350ccクラスで初出場初優勝を飾っています。

汚れた英雄ネタは、お父さん世代から上には非常にウケが良いので、また北野晶夫に頼ってみたいと思います。
(実際に浅間やマン島など、とても参考になることも多いので取り上げる価値ありなんです)