マスターライダース忘年会2015

今年もお邪魔してまいりましたマスターライダース忘年会。

往年のレーシングライダーの方々を中心にした、バイクに関わる先輩や仲間たちの集まりです。

二輪文化ラジオでもお世話になっている川口オート正門前のCROSS ROAD 39には、今年も(開始予定よりもかなり早い時間から・笑)たくさんの皆さんが集まりました。

まずは大兄貴分の安良岡健さんのご挨拶と乾杯から。
まずはマスターライダースの大兄貴分、安良岡健さんのご挨拶と乾杯から。
ヤマハファクトリー関係の皆さん。本橋明泰さん、浅見貞男さん、そして遠く関西から江崎正さん、長谷川嘉久さん。
ヤマハファクトリー関係の皆さん。右から、本橋明泰さん(横顔)、浅見貞男さん、そして遠く関西から毛利良一さん(後ろ)、江崎正さん(マイク)、長谷川嘉久さん。

本橋さんはヤマハのファクトリーライダーとしてマン島のほか世界GPを走られたばかりでなく、日産のワークスドライバーとしてスカイラインGT-Rでも勝利を挙げています。
浅見さんは1978〜80年3年連続マカオGP優勝!
毛利さんは1976年エキスパート250、1977年エキスパート750のチャンピオン
江崎さんは1984年全日本F3、1975年エキスパート125のチャンピオン
長谷川さんは80年代のレースブームのあの時代にYZR500・YZR250を駆ったワークスライダー
もう皆さん私にとっては神のような存在です!

スズキ関係の皆さん。安良岡健さん、菅谷安智さん、酒井清孝さん、荘利光さん、五味渕安彦さん、斉藤仁さん。
スズキ関係の皆さん。左から、安良岡健さん、菅家安智さん、酒井清孝さん、荘利光さん、五味渕安彦さん、斉藤仁さん。

安良岡健さんが荘さんのことを「ホンダに移籍した浮気者」と紹介していましたが、安良岡さんは、スズキやカワサキのファクトリーライダーだけでなく、古くはトーハツのファクトリーライダーでもあり、実はヤマハやホンダのファクトリーマシンにも乗っていたという、実は一番の浮気者ということが発覚(笑)。

マカオの帝王、安良岡健さん(マイク)とマカオの夜の帝王?輝井嶂さん(左)
マカオの帝王、安良岡健さん(マイク)とマカオの夜の帝王?輝井嶂さん(左)

輝井さんには二輪文化ラジオでもお世話になりました。

MCFAJ(全日本モーターサイクルクラブ連盟)から理事長であり現役MXライダー新津栄一さん(中)、田口正光さん(右)。左は司会進行&バンマスのプライベートレーシング小寺義弘さん。
MCFAJ(全日本モーターサイクルクラブ連盟)から理事長であり現役MXライダー新津栄一さん(中)、田口正光さん(右)。左は司会進行&バンマスのプライベートレーシング小寺義弘さん。

新津さんのモトクロスの今年のゼッケンは「77」。来年は「78」。そう、年齢なんだそうです。

MCFAJ西山秀一さんのご子息である西山俊樹さん。
MCFAJの父・西山秀一さんのご子息である西山俊樹(トシ・ニシヤマ)さん。そして後ろでギターを弾くのは、ノガロレーシングでGP500、RTKでGP250を走った新井亮一さん
レジェンド中のレジェンド。世界のレジェンド。ホンダが初めてマン島TTレースに出場しチーム賞を獲得した時の立役者・谷口尚己さん。
レジェンド中のレジェンド。世界のレジェンド。ホンダが初めてマン島TTレースに出場しチーム賞を獲得した時の立役者・谷口尚己さん。

谷口尚己さんには、貴重な写真・資料を見せていただいたり、お話を聞かせていただいたりと、二輪文化を伝える会に大変にご協力いただいております。来年1月には80歳、傘寿のお祝いです。

ヤジマ製ヤマハTD1レプリカ?にまたがるワールドワイドMC本橋明泰さん
ヤジマスペシャル・ヤマハTD250レーサー(公道仕様)にまたがるワールドワイドMC本橋明泰さん。

ヤジマスペシャル・ヤマハTD250レーサー(公道仕様、RDエンジン、タンクに本橋さんサイン入り、For Sale! 詳しくはカロッツェリア・マチオヤジマまで♪ )

こんなシーンもそこここで。SRSスガヤ菅谷さんとSP忠男鈴木忠男さんのツーショットを撮影するJinPrize斉藤仁さん。
こんなシーンもそこここで。SRSスガヤ菅家さんとSP忠男鈴木忠男さんのツーショットを撮影するJinPrize斉藤仁さん。
30年くらいぶりの再会だそうです。GP500の苦労人・松本憲明さんと1984年全日本F3・1975年セニア125チャンピオン・江崎正さん
30年くらいぶりの再会だそうです。GP500の苦労人・松本憲明さんと1984年全日本F3チャンピオン・江崎正さん
会場であるCROSS ROAD 39のオーナー・荘利光さんのテナーサックス
会場であるCROSS ROAD 39のオーナー・荘利光さんのテナーサックス。渋い!
締めはMCFAJ田口さんです
締めはMCFAJ田口さんです

ほかにも紹介しきれないたくさんの先輩ライダーの方々が旧交を温めていらっしゃいました。

バンド演奏やマジックなどのショータイムもあって、あっという間の4時間あまりでした。

来年は二輪文化を伝える会としてちゃんとお手伝いしたいと思います。


菅家さんの漢字が間違っていました。お詫びして訂正いたします。
輝井嶂さんの敬称がなく呼び捨てにしてしまいました。大変失礼いたしました。お詫びいたします。


二輪文化ラジオありがとうございました

安良岡健さんをゲストに、レギュラーゲストの荘利光さん、天の声役?セレクトガレージの小山誠司さんをお迎えしてお送りした第3回の二輪文化ラジオ。

ご視聴いただいた皆さんありがとうございました。

photo

 

またまた、声がよく聞こえないとか、進行どうなってんだとか、いろいろ反省点は多いですが、知らないお話をたくさんお聞きできたので、それはそれで良しとさせてください。

カワサキ・スズキ時代以前の、浅間でのレースの事とか、優勝したクラブマンレースのこと、トーハツ時代のこと、鈴鹿オープン直後の第1回全日本選手権のことなどは、また次の機会にお聞きしてみたいと思います。

今回も、別撮りの音声と字幕を入れた編集版を後日YouTubeにアップしますので、ライブでお聞きになれなかった方も含めて、そちらもお楽しみに!


今夜の二輪文化ラジオのゲスト安良岡健さん

第3回二輪文化ラジオ(ゲスト:安良岡健さん)は今晩(25日夜)9時からです!

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Ustream企画「二輪文化ラジオ」。

第3回のゲストは安良岡健さん。

4月25日(金)夜9時から。

Ustreamチャンネルは、
「high-tide radio」
です。
(Live放送時間以外は別番組)

事前の質問やメッセージなどは、こちらの掲示板へ→
Live放送中はUstreamのソーシャルストリームで(TwitterやFBのアカウントで参加できます)

 

安良岡健さんについて

IMG_0665主にネットでの下調べですが、おおまかな流れをまとめてみました。

(資料中、敬称略)

昭和15年(1940年)3月27日生まれ
Pinterest 画像まとめ

 

レースデビューは「第2回の大井のアマチュアオートレース」。

501cc以上クラスの優勝者である。東京キリン自動車に働いている21才の青年。車は60年のトライアンフボンネビル。レースに出始めは,第2回の大井のアマチュアオートレースから。この時は125cc l位。1959年の第2回アサマクラブマン200ccに出場したが脱落,横田のMSA主催スクランブルでは650ccクラス2位。川崎のスクランブルでは250cc 4位。
→1961年第4回クラブマンレース(ジョンソン基地)ー3

昭和34年8月(19才) 浅間火山レース(クラブマンレース)200ccクラス(フジモーター)

第3回浅間火山レース・クラブマン200ccクラス、#355 安良岡さん。 山田輪盛館の大関さんやアライヘルメットの新井理夫社長の名前も!
第3回浅間火山レース・クラブマン200ccクラスのエントリーリスト。#355 安良岡さん。山田輪盛館の大関さんやアライヘルメットの新井理夫社長の名前も!

昭和35年(20才) クラブマンレース宇都宮(オールジャパンフジ)フジモーター リタイヤ
1960年第3回クラブマンレース(宇都宮)ー1

昭和36年(21才) クラブマンレース入間ジョンソン基地(オールジャパンGP:Triumph)501cc以上クラス優勝

1961年第4回クラブマンレース(ジョンソン基地)ー2
1961年クラブマンレース写真集

「最初からぼくと井口さんと外人3人は一緒になって走った。途中1周ほどトップにたってみたが,後からアオラれるのでトップをおりた。トップでなくともぬき返す自信はあった。この車は完全なスタンダードなので,直線では不利だが,3っの左カーブで,ぬき返しトップになれる自信があった。最終回にトップに立ったのは,レース中に考えた作戦なのだ。トップに立った時,追われているという気はしなかったが,最後のヘアピンで転倒しないように気をつけて走った」(東京都・オールジャパングランプリクラブ所属・21才)
→1961年第4回クラブマンレース(ジョンソン基地)ー3

昭和36年(1961年) 全日本モトクロス 125cc 4位(Wikipedia

昭和37年(1962年 22才)
クラブマンレース雁ノ巣(オールジャパンGP:トーハツ)250ccクラス4位
日本選手権レース50ccクラス オールジャパンGP:ランペット 6位
日本選手権レース125ccクラス オールジャパンGP:トーハツ 4位
→1962年第5回クラブマンレース(雁の巣)

9月 鈴鹿サーキット開業
11月 第1回日本選手権開催 セニア125ccクラス トーハツ #30 13位(→サーキット燦々)

昭和38年(23才) 世界GP第1回日本グランプリ(鈴鹿) 出場してない?
この年、星野一義コンバット加入(→星野一義 Racing Career – ホシノインパル

昭和39年 この年トーハツが倒産、星野一義初レース(→星野一義 Racing Career – ホシノインパル

昭和40年4月 MCFAJ全日本モトクロス朝霧大会(→カワサキのレース創成期の主役 山本隆

昭和42年(1967年:27才)日本GP富士SW 350cc リタリア A7S
→1967年日本GP写真集
→「カワサキ・ロードレースのルーツ」②)A1S改 和田将宏

昭和44年(69年29才) デイトナ ライムグリーン初年 A-1R・A-7R
→KMC ’69 Team Kawasaki Road Race
(→「カワサキ創成期の証言者」④)藤原良弘

昭和47年(72年32才) 世界GP500ccクラス H1R 第1戦 西ドイツGP(ニュルブルクリンク)9位(→二輪ブランプリ60年史)
→Ken Araoka on Kawasaki H1R-AS at European round !!

8月むつ湾サーキット 雨 リタイヤ H2R
(→1973年10月号モーターサイクリスト、月刊オートバイ、サイクルサウンズ)
(→和田将宏列伝

昭和48年(73年33才)3月富士プロフェッショナル スズキTR500 #15

マカオGP優勝(RB500、2位 輝井璋 TR500、3位 荘利光 TR500)
→マカオGPアーカイブ

昭和49年(74年34才)デイトナ スズキ TR750 7位
→写真:SUZUKI TR750
9月 鈴鹿GP 雨でボイコット

昭和50年(75年35才)マカオGP2位(優勝金谷、3位浅見)(→マカオGPアーカイブ

・伊藤史郎、高橋国光、本橋明泰と同学年
・アラオカレーシング 根本健
・ノグチモータース時代はいつ?
・エキスパートレーシング(EXRT)
・チーム明光ケンアラオカ
・松本憲明、匹田禎智


この流れを踏まえて、どこまで脱線?居酒屋トーク(笑)

お楽しみに!

今晩(4/25)9時からです!
Ustream 「high-tide Radio」