鈴鹿8耐その前史

今年で39回目の鈴鹿8時間耐久ロードレース。
来年は第40回の記念大会ですね。

その鈴鹿8時間耐久レース(通称:鈴鹿8耐)の第1回大会は1978年。

第1回大会からのリザルト等は、鈴鹿サーキットのホームページ「モータースポーツライブラリー」で見ることができます。

1978年と79年はインターナショナルレースとして開催されましたが、まだ世界選手権には組み込まれておらず、今の世界耐久選手権のシリーズ戦に加わったのは1980年から。

このこともwikipediaでも調べることができます。

7月の二輪文化ラジオの番組内でも話が出ましたが、鈴鹿サーキットでの耐久レースは、1978年を第1回とする8時間耐久レースよりも以前から行われていました。

※まだ調べ切れていないので不完全な情報であることを予めご了承ください。

今の鈴鹿8耐が始まる前年1977年は6時間耐久

1978年の第1回の鈴鹿8耐の前年、1977年は6時間耐久レースでした。

1974年から3年間、オイルショックの影響を受けて、耐久レースは開催されていなかったのですが、参加者や関係者からの要望で77年に6時間耐久として復活したそうです。(モビリティランド50年のあゆみ

全日本選手権の1戦として6月5日に開催されました。

こちらのfacebookページでレースの写真が見られます。

 

始まりは18時間、そして24時間耐久も

1962年に開業した鈴鹿サーキット。

2年後の1964年8月1〜2日には鈴鹿18時間耐久レースが開催されています。

たぶんこれが初めての鈴鹿サーキットでの耐久レースだと思われます。

鈴鹿18時間耐久の速報記事
鈴鹿18時間耐久の速報記事(モーターサイクリスト1964年9月号より)

スタートは夜の8時。翌日の昼2時がゴール。
想像ができませんね。

さらに翌1965年7月31日〜8月1日には、24時間耐久レースが開催されます。

24時間耐久は7月31日午後5時にスタートし、翌8月1日の午後5時がゴール。

この18時間耐久と24時間耐久については、ヨシムラ・レースの歴史の中にも少し記述があります

 

まだまだ調査中

1966年から1973年まではどのような形で耐久レースが開催されたのか、はたまた開催されなかったのか。

10時間耐久レースが1970年にあったようですが、その他はまだ調査中です。

もし何かご存知の方、当時の雑誌等の資料をお持ちの方、情報をいただければと思います。

よろしくお願いします。


7月の二輪文化ラジオはまさに「鈴鹿8耐スペシャル」でした

7月の二輪文化ラジオはこれまでになく賑やかな放送になりました。

ゲスト&ギャラリーの皆さんと
たくさんのギャラリーの皆さんにも集まっていただきました

月刊ライディングスポーツ編集長の青木淳さんに加え、鈴鹿8耐初出場の若手ライダーおふたり、大久保光選手濱原颯道選手をゲストにお迎えしての鈴鹿8耐スペシャル。

さらに第1回鈴鹿8耐にも出場していた荘利光さん(第1回は糟野雅治さんとヨシムラレーシンググループからZ2で参戦)、80年代に4度の出場の新井亮一さん(根本健さんとDucatiでの参戦あり)、2000年から、大島正さんの遺志を受け、チーム監督として参加した小林ゆきさんにもお話を伺っています。

放送後の歓談タイムでは、先月予告したトラッパー大会。
さすが現役A級ライダー。抜群のバランス感覚と順応性を見せてくれました!

トラッパー大会
トラッパーに初挑戦の若手ライダー二人。さすがでした。

盛りだくさんの放送は1時間30分。
長いので何かをしながら聴いてみてください。

次回8月の放送は、8月26日(金)夜9時ごろからです。
こちらもお楽しみに。

>二輪文化ラジオ


多摩川スピードウェイ開設80周年記念展に行ってきた

多摩川スイードウェイ開設80周年記念展

7月17日〜31日に、川崎市民ミュージアムで開催された多摩川スピードウェイ開設80周年記念展を観に行ってきました。

サーキットや自動車系イベントだけでなく、こういった多くの市民の皆さんの目に触れる場所・機会を作ることは、文化として認められていくためには非常に大事な事であると思います。

このような活動をされている多摩川スピードウェイの会の皆様に敬意を表します。

多摩川スピードウェイ記念展の様子
平日に訪れましたが、老若男女問わず、地元の方たちが結構見に来ていました。

四輪レースが主体の展示ですが、昨年(2015年)東京都大田区のせせらぎ公園で開かれた多摩川スピードウェイ回顧展にはなかった、戦後の「日米親善オートバイレース」のパネルが追加展示されていました。

今後、二輪文化を伝える会としても、多摩川スピードウェイの二輪に関する情報の調査・協力ができればと考えております。

館外掲示板に貼られたポスター
館外掲示板に貼られたポスター。これだけでも効果や意義はあるはず。

多摩川スピードウェイの存在と、そこで繰り広げられたレーシングスポーツ、そしてそれに関わった人たちのことを、地元の人なら誰でも知っていて、外部の人に自慢できるような存在にしていくことが、今のおとな世代の役割ではないでしょうか。

あの場所で、サッカーや野球、バーベキューを楽しむ人たちにも知ってもらうことはもちろん、2020年の東京オリンピックの時には、世界中のモータースポーツファン(特にホンダファン)が、オリンピック観戦と合わせてこの地を訪れるようにできたらいいですね。

多摩川スピードウェイ跡地全景
グランドスタンド跡からコース跡地を望む

最後に、会場でも放映されていた、1936年6月7日のオープニングレースと現在を比較した動画をどうぞ。貴重な当時の映像資料です。