この夏訪れたトヨタ博物館を振り返る

トヨタ博物館(愛知県長久手市)に行ってきました。

と言っても、今年の夏のことです。
鈴鹿8耐の行きがけに、浜松で「スズキ歴史館」「本田宗一郎ものづくり伝承館」「本田技研発祥の地」をハシゴし、その後長久手へ。
トヨタ博物館を訪れるのは初めてです。

豪華で目を引くクラシックカーの数々

本館は希少な四輪クラシックカーと国産車の変遷が見られます。

ボンネットバスがお出迎え。ロビーフロアにあるのはトヨタ自動車初の生産型乗用車トヨダAA型(レプリカ)。トヨ「ダ」なんですね
ボンネットバスがお出迎え。ロビーフロアにあるのはトヨタ自動車初の生産型乗用車トヨダAA型(レプリカ)。トヨ「ダ」なんですね。
1898年フランス製のド・ディオン・ブートン。自転車を改造した小型エンジン付き3輪車。
1898年フランス製のド・ディオン・ブートン。自転車を改造した小型エンジン付き3輪車。
とても希少そうな豪華なクラシックカーの数々。この写真の10倍くらいの台数が展示されています。
とても希少そうな豪華なクラシックカーの数々。この写真の10倍くらいの台数が展示されています。
もちろんトヨタ2000GTも。そしてトヨタスポーツ800とホンダS500、スバル360も。
もちろんトヨタ2000GTも。そしてトヨタスポーツ800とホンダS500、スバル360も。
左下の車両は、1935年東京自動車製造(株)製の国産初の前輪駆動乗用車「筑波号」
左下の車両は、1935年東京自動車製造(株)製の国産初の前輪駆動乗用車「筑波号」

その時代のものと一緒がいい

新館2階は「生活と車」のフロアー。

こちらには、自転車のほか、三菱シルバーピジョン、ホンダカブ(赤カブ)、ブリヂストンBSモーターも展示され、また、時代を追って、生活用品や趣味の物などが展示されていて、二輪ファンも含め一般の人には、こちらのフロアーの方が楽しめるかもしれません。

新館2階の生活と車フロアにある三菱シルバーピジョン
新館2階の生活と車フロアにある三菱シルバーピジョン
同じく生活と車のフロア。トヨタの農具(なんでしょう?脱穀機?)もありました。自転車は「光自転車」(大日本機械工業製で光オートバイも製造してました)
同じく生活と車のフロア。トヨタの農具(なんでしょう?脱穀機?)もありました。
自転車は「光自転車」(製造は大日本機械工業製、光オートバイも製造してました)
ホンダ カブF型
ホンダ カブF型
昭和レトロな家具や家電も
昭和レトロな家具や家電も
富士精密工業製ブリヂストンブランドのバイクモーター「BSモーター」
富士精密工業製ブリヂストンブランドのバイクモーター「BSモーター」
高度経済成長の時代ですね。生活がどんどん豊かで便利になった時代の物たち
高度経済成長の時代ですね。生活がどんどん豊かで便利になった時代の物たち
加山雄三、長嶋茂雄、エルビス・プレスリー、お化けのQ太郎
加山雄三、長嶋茂雄、エルビス・プレスリー、おばけのQ太郎
モータースポーツは少年たちの憧れ。左の少年マガジンは昭和39年11月15日号。鈴鹿での日本GPの様子が紹介されているようです。 表紙のこの方は...、田中楨助さん?
モータースポーツは少年たちの憧れ。
左の少年マガジンは昭和39年11月15日号。鈴鹿での日本GPの様子が紹介されているようです。 表紙のこの方は…、田中楨助さん?
新館3階のライブラリー(資料室)前にあったポスター
新館3階のライブラリー(資料室)前にあったプジョーの(たぶん1900年頃の)ポスター。

とてもレアなクラシックカーが多数展示されたり、実に豪華絢爛でしたが、モータースポーツ関連の展示はなく、また本館は時代背景など社会の流れをつかめるような展示方法ではなかったので、正直言って豪華な割には物足りなさもありました。

同じ日に訪れた「スズキ歴史館」「本田宗一郎ものづくり伝承館」の方が伝わってくるものがあった気が…。(個人的感想です)

とは言え、入館料大人一般1,000円(JAF割引等あり)ですが、その価値は十二分にあります!


2016年1月に常設展リニューアル第1弾

そのトヨタ博物館が2019年の開館30周年に向けて、常設展を段階的にリニューアル。
その第1弾が2016年1月5日から公開されます(12月14日〜1月4日休館)。

常設展リニューアル第1弾 日・米・欧の自動車の歴史を一望に 1/5(火)公開! – トヨタ博物館公式サイト

リニューアル記念展として、1月5日〜6月12日まで「小林彰太郎フォトアーカイブ展 昭和の日本 自動車見聞録」があります。
四輪分野ではありますが、特に戦前の自動車文化について貴重な資料だと思いますので期間中にまた訪問したいと思っています。

(松島)


マスターライダース忘年会2015

今年もお邪魔してまいりましたマスターライダース忘年会。

往年のレーシングライダーの方々を中心にした、バイクに関わる先輩や仲間たちの集まりです。

二輪文化ラジオでもお世話になっている川口オート正門前のCROSS ROAD 39には、今年も(開始予定よりもかなり早い時間から・笑)たくさんの皆さんが集まりました。

まずは大兄貴分の安良岡健さんのご挨拶と乾杯から。
まずはマスターライダースの大兄貴分、安良岡健さんのご挨拶と乾杯から。
ヤマハファクトリー関係の皆さん。本橋明泰さん、浅見貞男さん、そして遠く関西から江崎正さん、長谷川嘉久さん。
ヤマハファクトリー関係の皆さん。右から、本橋明泰さん(横顔)、浅見貞男さん、そして遠く関西から毛利良一さん(後ろ)、江崎正さん(マイク)、長谷川嘉久さん。

本橋さんはヤマハのファクトリーライダーとしてマン島のほか世界GPを走られたばかりでなく、日産のワークスドライバーとしてスカイラインGT-Rでも勝利を挙げています。
浅見さんは1978〜80年3年連続マカオGP優勝!
毛利さんは1976年エキスパート250、1977年エキスパート750のチャンピオン
江崎さんは1984年全日本F3、1975年エキスパート125のチャンピオン
長谷川さんは80年代のレースブームのあの時代にYZR500・YZR250を駆ったワークスライダー
もう皆さん私にとっては神のような存在です!

スズキ関係の皆さん。安良岡健さん、菅谷安智さん、酒井清孝さん、荘利光さん、五味渕安彦さん、斉藤仁さん。
スズキ関係の皆さん。左から、安良岡健さん、菅家安智さん、酒井清孝さん、荘利光さん、五味渕安彦さん、斉藤仁さん。

安良岡健さんが荘さんのことを「ホンダに移籍した浮気者」と紹介していましたが、安良岡さんは、スズキやカワサキのファクトリーライダーだけでなく、古くはトーハツのファクトリーライダーでもあり、実はヤマハやホンダのファクトリーマシンにも乗っていたという、実は一番の浮気者ということが発覚(笑)。

マカオの帝王、安良岡健さん(マイク)とマカオの夜の帝王?輝井嶂さん(左)
マカオの帝王、安良岡健さん(マイク)とマカオの夜の帝王?輝井嶂さん(左)

輝井さんには二輪文化ラジオでもお世話になりました。

MCFAJ(全日本モーターサイクルクラブ連盟)から理事長であり現役MXライダー新津栄一さん(中)、田口正光さん(右)。左は司会進行&バンマスのプライベートレーシング小寺義弘さん。
MCFAJ(全日本モーターサイクルクラブ連盟)から理事長であり現役MXライダー新津栄一さん(中)、田口正光さん(右)。左は司会進行&バンマスのプライベートレーシング小寺義弘さん。

新津さんのモトクロスの今年のゼッケンは「77」。来年は「78」。そう、年齢なんだそうです。

MCFAJ西山秀一さんのご子息である西山俊樹さん。
MCFAJの父・西山秀一さんのご子息である西山俊樹(トシ・ニシヤマ)さん。そして後ろでギターを弾くのは、ノガロレーシングでGP500、RTKでGP250を走った新井亮一さん
レジェンド中のレジェンド。世界のレジェンド。ホンダが初めてマン島TTレースに出場しチーム賞を獲得した時の立役者・谷口尚己さん。
レジェンド中のレジェンド。世界のレジェンド。ホンダが初めてマン島TTレースに出場しチーム賞を獲得した時の立役者・谷口尚己さん。

谷口尚己さんには、貴重な写真・資料を見せていただいたり、お話を聞かせていただいたりと、二輪文化を伝える会に大変にご協力いただいております。来年1月には80歳、傘寿のお祝いです。

ヤジマ製ヤマハTD1レプリカ?にまたがるワールドワイドMC本橋明泰さん
ヤジマスペシャル・ヤマハTD250レーサー(公道仕様)にまたがるワールドワイドMC本橋明泰さん。

ヤジマスペシャル・ヤマハTD250レーサー(公道仕様、RDエンジン、タンクに本橋さんサイン入り、For Sale! 詳しくはカロッツェリア・マチオヤジマまで♪ )

こんなシーンもそこここで。SRSスガヤ菅谷さんとSP忠男鈴木忠男さんのツーショットを撮影するJinPrize斉藤仁さん。
こんなシーンもそこここで。SRSスガヤ菅家さんとSP忠男鈴木忠男さんのツーショットを撮影するJinPrize斉藤仁さん。
30年くらいぶりの再会だそうです。GP500の苦労人・松本憲明さんと1984年全日本F3・1975年セニア125チャンピオン・江崎正さん
30年くらいぶりの再会だそうです。GP500の苦労人・松本憲明さんと1984年全日本F3チャンピオン・江崎正さん
会場であるCROSS ROAD 39のオーナー・荘利光さんのテナーサックス
会場であるCROSS ROAD 39のオーナー・荘利光さんのテナーサックス。渋い!
締めはMCFAJ田口さんです
締めはMCFAJ田口さんです

ほかにも紹介しきれないたくさんの先輩ライダーの方々が旧交を温めていらっしゃいました。

バンド演奏やマジックなどのショータイムもあって、あっという間の4時間あまりでした。

来年は二輪文化を伝える会としてちゃんとお手伝いしたいと思います。


菅家さんの漢字が間違っていました。お詫びして訂正いたします。
輝井嶂さんの敬称がなく呼び捨てにしてしまいました。大変失礼いたしました。お詫びいたします。


浅間高原レース60年・・・2

今年(2015年)は、昭和30年(1955年)の第1回浅間高原レースから60年。

その1からのつづきです。

スタート地点を空から
北軽井沢のスタート地点の空撮です。
人だかりができていますが、周りは田畑や荒れ地のようですね。
練習走行中の谷口尚己さん
谷口尚己さんの練習走行。バックに見えるのは浅間山。 撮影場所はどこになるのでしょう?牧場内でしょうか。 (谷口尚己さん所蔵写真より)
練習走行中の谷口尚己さん
練習走行時の谷口尚己さん。 ライトが付いてますね。おそらく公道部分の練習ということでしょう。 写真の裏には「1955 第一回浅間火山レース 250cc 2着」という谷口さん直筆のメモ。
(11)鈴木義一選手
350ccクラス(11)鈴木義一さん(ホンダ)だと思います。決勝レース中でしょうか? ローマ字の道標は、左「峰の茶屋」右「北軽井沢」とあります。手前方向は「浅間牧場」?。 だとすればここはいわゆる「X地点」なのでしょうか・・・。 (谷口尚己さん所蔵写真より)
コース展望記事(モーターファン1955年10月号)
モーターファン1955年10月号「浅間高原ロードレース コース展望」。8月に取材した記事で、コースも当初の群馬県と長野県にまたがる1周23kmのもの。
コース展望記事(モーターファン1955年10月号)
左のページはスタート地点から浅間牧場を抜けるまでの区間。 右ページは実際には使われなかった浅間牧場出口〜峰の茶屋〜鬼押出の長野県側のコース。 モーターファン1955年10月号より
コース展望記事(モーターファン1955年10月号)
鬼押出から北軽井沢スタート&ゴール地点まで。 当時の写真を見て思うのは、今と違って林の木々も背が低くまさに高原・草原という感じがすることですね。 モーターファン1955年10月号より
浅間高原レースの告知広告
モーターファン1955年10月号に出ていた「第1回浅間高原ロードレース」の告知広告。
開催日程は当初の10月26・27日になっています。

まだ続きます。