二輪文化ラジオ8月号は28日夜9時から

FMいちのみや 76.5「未来モーターラヂオ」

7月はお休みいたしました「二輪文化ラジオ」、8月の放送は28日(金)夜9時からです。

いつものように、high-tide Radio のUストリームチャンネルをお借りしての約1時間のライブ放送の予定です。

先月7月は、二輪文化ラジオは休みでしたが、ホンモノのラジオ(それも全国ネット!)のラジオ日経第2「RN2 ライダーズ」に出演させていただきました。

さらに、8月前半には愛知県一宮市のコミュニティFM局、FMいちのみや i-wave 76.5 FMの「未来モーターラヂオ」にも押しかけゲストで2週にわたって出演させていただきました!

未来モーターラヂオは、6月の二輪文化ラジオにも電話出演していただいた、今年、電動バイクでアメリカコロラド州で行われる「パイクスピーク・ヒルクライムレース」に出場し見事優勝を飾った「EV MIRAI」の岸本ヨシヒロさんの番組。

FMいちのみや 76.5「未来モーターラヂオ」
FMいちのみや 76.5「未来モーターラヂオ」番組パーソナリティの岸本ヨシヒロさん、ディレクターであり番組アシスタントの渡邉麻実さんと。

中京地区を中心にした二輪車の歴史をはじめ、いろいろ喋らせてもらってきました。
ありがとうございました!

未来モーターラヂオ
FMいちのみや i-wave 76.5FM(ホームページからPCで聴けます)
毎週水曜日 15:00〜15:30(再放送:毎週日曜日 20:00〜20:30)


そんな感じで、出張放送?が続きましたが、8月はいつもの埼玉県川口オート正門前「CROSS ROAD 39」に戻って、ゲストなしでマスターを相手に夏の想い出を振り返ってみたいと思います。

それだけじゃない!
大事なお知らせもあります。

11月29日(日)に「全日本レジェンドライダーズ2015」として、二輪文化的交流パーティーを開催いたしますので、それについても最新の情報をお伝えしたいと思います。

全日本レジェンドライダーズ2015
「全日本レジェンドライダーズ2015」11月29日(日)開催

では28日夜9時に、こちらで!(Uストリーム・high-tide radio)


「バイクのふるさと浜松2015」8月22・23日開催

谷口尚己さんのトークショーも

8月22日(土)・23日(日)の二日間、浜松市総合産業展示館にて、「バイクのふるさと浜松2015」が開催されます。

s_omote2015 s_ura2015

13回目を迎える今年は、浜松出身でバイク好きの筧利夫さんのトークショーや、仮面ライダードライブショーなどのステージイベントのほか、屋外特設会場ではトライアルデモンストレーション、親子バイクスクール、名車のサウンド・デモ走行などが、また展示・販売会場ではタッチ&トライコーナーで最新モデルに触れることもできます。

talkshow2015

23日(日)には、第2会場「昔なつかし オーナー自慢の愛車たち」コーナー内にて、マン島ライダーの谷口尚己さんのトークショー&サイン会も開催されます。

その他にもイベント内容はかなり盛りだくさん。

イベントのみならず、浜松にはバイクゆかりの地がたくさんあります。
ぜひバイクのふるさとへ行ってみてください。

 


終戦の日に思う、戦後の日本とオートバイ産業

街角で活躍するトヨモーター(昭和30年頃)

8月15日終戦の日。
今から70年前、太平洋戦争に敗れた日本は、敗戦国としての道を歩むことになります。

悲しいかな戦争は、日本の機械工業の技術を進歩させましたが、敗戦後の日本は、GHQにより航空機の製造も研究も禁止、乗用車の製造も許されませんでした。

軍需産業は平和産業へ転換されることになり、かつての技術者らは、その技術の活かせそうな輸送機器や金属製品などの生産で食いつないでいくことになります。

不屈の精神というのか、食うために知恵を絞ったというのか、技術者たちの情熱は、禁止されていない「オートバイ」の製造や、自転車に取り付けるエンジンの製造へと向かい、それらは庶民の足となって戦後の復興を支えていきました。

それが、戦闘機「隼」「疾風」の中島飛行機から分かれた富士産業(現・富士重工)のラビット・スクーターであり、「零戦」の三菱のシルバーピジョンであり、みづほ自動車やホンダ、トヨモータース、ブリヂストンなど多くのメーカーが製造した自転車取り付け用補助エンジン(バイク・モーター)でした。

その後昭和20年代後半には、需要の増加とともに、朝鮮戦争による特需や各種統制の解除、また初期投資費用が低いこともあり、二輪車産業への参入企業が多数現れます。

ピーク時には150社以上のメーカーがあったと言われています。

当然競争は激化し、淘汰が始まります。設備投資・量産体制・販売体制などが問われ、資本力・技術力の劣るメーカーは舞台から去っていきました。

勝ち残ったメーカーは海外へも進出し、レース活動で好成績をあげるなどしてその技術力をアピール。国内販売のみならず海外でもシェアを広げていきました。

こうして敗戦の焼け野原から立ち上がった日本のオートバイ産業は、多くの人たちの流したたくさんの汗と涙により、終戦後わずか15年あまりで世界を席巻するまでになったのです。


今も世界中にファンを持ち、リスペクトを受ける日本のオートバイ。
戦後の日本のあゆみと共に、私たちはもっとその歴史を知っておくことが必要だと思います。

今、二輪に関わっている私たちの他に、いったい誰がそれを伝えていくことができるのでしょうか・・・。

富士産業(現・富士重工)のラビット
富士産業(現・富士重工)のラビット
三菱シルバーピジョン(トヨタ博物館の展示車)
三菱シルバーピジョン(トヨタ博物館の展示車)
ホンダカブF型(本田宗一郎ものづくり伝承館の展示車)
ホンダカブF型(本田宗一郎ものづくり伝承館の展示車)
ブリヂストン BSモーター(トヨタ博物館の展示車)
ブリヂストン BSモーター(トヨタ博物館の展示車)
街角で活躍するトヨモーター(昭和30年頃)
街角で活躍するトヨモーター(昭和30年頃)