[歴史を追う10] 浅間の時代のはじまり

画像は「日本モーターサイクルレースの夜明け」から。250クラスで優勝したライラックに乗る伊藤史朗
画像は「日本モーターサイクルレースの夜明け」から。250クラスで優勝したライラックに乗る伊藤史朗

浅間の時代。

日本のレーシングスポーツの黎明期を代表するレースであり時代です。

大藪春彦の小説「汚れた英雄」の冒頭シーンは、完成したばかりの浅間高原テストコースで開催された第2回浅間火山レース。
晶夫が自転車で引くリヤカーに掛けられたシートの下にはヤマハYA-1・・・。

そんな浅間の時代を足早に・・・。
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[歴史を追う9] ホンダ「マン島出場宣言」とヤマハ参入

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画像は「日本モーターサイクルレースの夜明け」より

昭和29年、朝鮮特需が終わって景気も後退。
バイクモーター(自転車用補助エンジン)を作っていた小さな町工場のようなメーカーでは倒産するところも多かったようです。

そんな中、ホンダ(とメグロ)は世界へ飛び出し、さらに、本田宗一郎さんはマン島に照準を合わせます。
そしてヤマハが参入。

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[歴史を追う8] 昭和28年の名古屋TTレースと富士登山レース

昭和28年頃になると、二輪車製造(自転車補助エンジンも含めて)に参入するメーカーが急増。

メーカーが増え、ユーザーが増えてくれば、やはりまた自然の流れで、誰が速い、どれが速い、どれが丈夫か「競争してみようぜ」ってことになってきます。

そしてそれがまた、技術の進歩に繋がっていくんですね。
名古屋TTレースや富士登山レースが行われたことで、オートバイのパワーや信頼性が向上したとのことです。

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