二輪文化ブログ
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[歴史を追う7] 昭和20年代後半 二輪産業が次第に活発に

月刊オートバイ2013年2月号「日本のバイク史」特別付録から
月刊オートバイ2013年2月号「日本のバイク史」特別付録から

昭和25年(1950年)に朝鮮動乱が起こると、日本国内に朝鮮特需をもたらし、さらにGHQの日本の占領政策を一変させます。
これは日本の産業界にも様々な影響を与えたようです。

昭和24年(1949年)に、オートバイの生産および販売に携わる会社により日本小型自動車工業会ができ、多摩川スピードウェイで全日本モーターサイクル選手権を開催するなど、モータースポーツもようやく復興してきます。

翌、昭和25年の第2回大会では、

1951年(昭和26年)

戦後できたメーカーの一つに、伊藤正さんが創業した丸正自動車があります。

戦前、本田宗一郎さんが独立して創業したアート商会浜松に丁稚として勤めていた伊藤正さん。 戦後、ホンダに対抗するように二輪車の開発に乗り出します。

 

アート商会浜松での本田宗一郎さんと伊藤正さんの写真です。 ハーレーのサイドカーを前に。昭和10年頃のようです。

 

 

 

 

 

1952年(昭和27年)

 

 

 

 

 

昭和27年(1952年)7月1日、ガソリン統制解除

これまでGHQによりガソリンは統制(配給)されていました。多くは闇ガソリンに頼っていたそうですが、これでガソリンが自由に出回ることになります。

スクーターやオートバイもありましたが、やはり庶民の生活にはバイクモーター(スクーターの三分の一程度の価格だったそうです)が主流だったようです。


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