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人物伝

田中 楨助(たなか ていすけ)

ホンダマン島TTレース初陣ライダーのひとり。日本人で二人目のGP優勝(1962年イタリアGP)を果たしたホンダの社員ライダー。
1937年(昭和12年)4月13日 - 2015年(平成27年)2月23日

「百年のマン島」大久保力(三栄書房)より

タニさん*より、やや遅れてホンダ入社。市販実験車を理論的に評価する姿勢は、そのままライディングにも表れ、プリンシプルを重視する貴重なライダーとして注目された。当初TT初陣のメンバー表には載っていなかったが、同僚・秋山**の不慮の事故死により急きょ抜擢されたのhじゃ当然の成り行きだった。堅実なレース運びはタニさんと似ているようだが、時として一発賭ける思い切りの良さが功を奏し、加えてメカにも精通、オールマイティーな能力でホンダチームの世界制覇に貢献した。1962年のイタリアでは、高橋国光に続き、日本人で二人目のGP優勝も飾っている。一時期、四輪レースも経験、ホンダがGPレース撤退後も会社に残り、専ら市販車、海外向けレーシングマシン開発に従事、黙々と業務をこなす姿からは往年の名ライダーと気付く社員は少ない・・・、と当時の同僚は語る。真摯な性格と根っからのホンダスピリッツは多くの社員ライダーを育てた。愛称、テイさん。

※大久保力さんの「百年のマン島」(三栄書房)より
* タニさん:谷口尚己さん
** 同僚・秋山:秋山邦彦さん


キャプション
九死に一生を得たという東ドイツGP練習中に転倒した時の革ツナギ
(浅間記念館の展示より)

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