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人物伝

田中 健二郎(たなか けんじろう)

ホンダの初期WGPライダーであり若手の指導役
1934年(昭和9年)1月3日 - 2007年(平成19年)12月29日

田中健二郎

田中 健二郎

佐賀県出身
1934年1月3日生まれ

健二郎の前に健二郎なく、健二郎の後に健二郎なしと言われた逆ハンの名手田中健二郎は、1958年に嘱託のライダーとしてホンダと契約。翌年第2回浅間火山レースで先行車を急迫しホンダ初のレーシングフォアRC160の1、2、3位獲得に貢献。1960年ドイツGP250ccで3位に入賞しホンダ初の日章旗を翻した後、テクニカルスポーツ校長の藤井璋美と後進の育成に当たり、その後4輪のドライバーとしても大活躍した。2007年12月病没。
(出典:「浅間から世界GPへの道」(八重洲出版)昭和・名ライダー列伝 より)

初参戦の世界グランプリで日本人として初の表彰台獲得

ホンダが初めてマン島TTレースに挑戦した翌年の1960年。
この年、ロードレース世界グランプリ(西ドイツGP:250ccクラス)にホンダワークスライダーとして初参戦。ホンダとしても、日本人ライダーとしても初めての世界グランプリ表彰台(3位)を獲得。(このレースの優勝はMVアグスタのホッキング、2位もMVのウッビアリ。)

参考資料・文献・関連リンク

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